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東京高等裁判所 平成4年(ネ)1269号 判決

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三 控訴人と被控訴人との間で、控訴人が、平成四年六月一日以降、被控訴人に対し、被控訴人の専属芸術家として、被控訴人の指示に従い、音楽演奏会、映画、演劇、ラジオ、テレビコマーシャル、レコード等の芸能に関する出演及びこれに関連する一切の役務の提供義務を負わないことを確認する。

四 訴訟費用は、本訴(第一、二審とも)、反訴を通じて、被控訴人の負担とする。

理由

(本訴)

一  争点1ないし5に対する判断は、次に訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」第三 争点に対する判断の一ないし五記載のとおりであるからこれを引用する。

1  原判決七丁表六行目、同丁裏初行、三行目、一一丁裏三行目、一三丁裏三行目、一四丁表三行目、一五丁表八行目、一〇行目、及び一七丁表三行目の「被告ら」をいずれも「控訴人」に改める。

2  同七丁表七行目の「及び」から八行目の「請求部分」までを削る。

3  同丁裏四行目の「各不作為」の「各」を削る。

4  同九丁表初行の「公知の事実であり、」を「公知の事実である。」に改め、「被告川本」から三行目の「ところである。」まで及び一〇行目から同丁裏二行目までをいずれも削る。

5  同九丁裏四行目の「一三、」の次に「原審における」を、五行目の「被告会社代表者」の次に「当審における控訴人本人」をそれぞれ加える(なお、控訴人本人以外の人証は、すべて原審におけるものであるから、以下、その旨の記載を省略する。)。

6  同一三丁表末行の「認められないから、」を「認められない。」に改め、「その余の点」から同丁裏初行までを削る。

7  同一五丁裏四行目の「八の1ないし5、九、」の次に「一八、」を、四行目から五行目にかけての「被告代表者」の次に「、控訴人本人」をそれぞれ加える。

二  争点6(本件契約の期間)について

1  確かに、《証拠略》には、契約期間を一〇年とする被控訴人の主張に沿うかのような記載がある。しかしながら、右は以下の理由によりたやすく採用しがたい。

2  すなわち、本件のように芸能に関する役務の提供を内容とする契約にあつては、通常一般の雇傭契約とは異なり、役務提供義務者(いわゆるタレント)側において、当該業界において期待されている芸能上の才能を具有することを前提として締結されているのが普通である。そして、事柄の性質上、タレントの提供する役務の内容によつては、債権者側(芸能プロダクション)が予期したとおりの興業成績を収め得るかどうかは未知数であるから、プロダクション側においても営業上の危険を負担することを予め承知のうえで契約を締結しているのである。そうだとすれば、契約締結当初から契約期間が一律に一〇年という長期間を当事者双方が念頭においているということは、およそ実情に合わないといわなければならない。

他方、タレント側においても、その具有する能力をプロダクションの指示・拘束を受けることなく、いつでも自由独立に業界において存分に発揮したいという欲求を抱くことがあり得、何人もこれを抑制することは許されないところである。

従つて、本件のような役務提供専属契約にあつては、その存続期間の長短は、当時社一方に有利であれば、他方に不利に働くというように、相互に対立的関係にあるという場合が多いから、当該契約における契約存続期間を確認するに当たつては、結局、契約書記載の文言が当該当事者双方のおかれた具体的事情を背景とし、自主的に協定されたものと解し、これに準拠して判定するのが至当というべきである。

そうだとすると、被控訴人が主張するように、本件契約にあつては、契約文言にかかわらず存続期間を一〇年とすることが黙示的に前提とされていること、契約期間を一年とする契約書記載の文言が、単に出演契約金(いわゆるギャラ)の見直し期間にすぎないと解するのは相当ではないといわざるを得ない。

或いは、また、存続期間は原則として一〇年と解されているというような業界における事実たる慣習も証拠上これを見出すことはできない。(被控訴人の主張は、要するに、契約期間の更新が黙示的になされていること自体をとらえて、これを当初から一定の継続的契約存続期間の約定があつたものと擬制的に解釈しているにすぎない。)

なお、前記各書証の記載において指摘するように、タレントの養成にかなりの資金投下がなされることが事実だとしても、それならば、それに見合うだけの合理的な契約存続期間を個別に当事者間で約定すれば解決されることであつて、各タレント毎に投下される資金も同じである筈はないのに、業界において、一律に契約存続期間を一〇年と解しなければならないとする理由は、全くこれを見出すことはできないのである。

3  加えて、弁論の全趣旨によれば、控訴人クラスのタレントで一〇年以内に所属していた芸能プロダクションから移籍ないし独立した例も散見されることが認められる上、本件契約書の第五条前段には、契約期間として、平成二年六月一日から平成三年五月三一日までの一年間と明記され、右期間の定めを前提として、同条の後段に契約の更新に関する規定が置かれていること、そして、第六条において、正当の理由がないのに契約の更新を拒絶する場合には、それにより相手方が受けた損害を賠償する義務があるとされ、なお書きで、「専属タレントの育成、維持、発展には多額の資金の投入を要することに鑑み、控訴人が正当な理由なくこの契約を更新しない旨を被控訴人に通知する場合において、その時点の本契約開始日からの通算更新契約期間が一〇年に満たない場合は、その時点までに被控訴人が専属タレントとしての控訴人の育成、維持、発展のため投入した資金総額を被控訴人の損失とみなし、控訴人はこれを被控訴人に支払うものとする」旨の条項が置かれていること等にかんがみれば、本件契約の期間は、第五条前段に明記されているとおり、契約締結の日から一年間と解するのが相当である。仮りに、正当の理由のない契約の更新の拒絶により被控訴人が損害を被つた場合には、第六条によりすべて損害賠償の問題として処理をすれば足りるというべきである。

4  以上見てきたところによれば、本件契約は、平成三年六月一日以降更新されたものと認められるが、更新後の契約期間については、本件契約書に明文の規定がない。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、タレントのコマーシャル、テレビドラマ、映画等の出演契約は半年から一年の比較的長期間にわたることが認められ、契約書第五条の規定は、右のようなタレントの仕事の特殊性に対応したものと考えられるから、更新後の契約期間についても、同条の趣旨を尊重し、当事者が期間満了の三か月前までに書面により更新拒絶の意思表示をしない限り、一年単位で更新されると解するのが相当である(反対に、期間の定めのない契約となり、民法六二七条一項の適用を肯定すると、各当事者は、いつでも解約の申入れをなすことができ、この場合には、解約の申入れ後二週間の経過により契約が終了することになるとすることは、右のようなタレントの仕事の特殊性にそぐわない。)。

5  そこで、更に進んで、平成三年六月一日以降更新された本件契約がその期間満了の日である平成四年五月三一日に終了したか否かについて判断する。

平成三年八月一日、被控訴人が本件訴えを提起したこと、これに対し、控訴人が控訴人主張の書面により、本件契約が終了したことを前提にして、被控訴人の主張を一貫して否認してきたことは、弁論の全趣旨により明らかである。そうだとすると、控訴人は、本件契約の再度の期間満了の日である平成四年五月三一日の三か月前までに、書面により、契約更新拒絶の意思を表示したものというべきであるから、本件契約は、同日をもつて終了したものと認められる。

6  そうだとすると、本件契約に基づき、控訴人に対し、第三者に対して芸能に関する出演等の役務の提供をすることの禁止及び被控訴人が原判決添付別紙目録記載の芸名等の使用許諾権を有することの確認を求める被控訴人の本訴請求一及び二は、いずれも理由がないことに帰する。

(反訴)

反訴請求に関する理由は、本訴請求の争点6についてのそれと同様であるからこれを引用する。

(結び)

よつて、本訴については、これと結論を異にする原判決を取り消し、右各請求をいずれも棄却し、控訴人の反訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下 薫 裁判官 並木 茂 裁判官 高柳輝雄)

《当事者》

控訴人・反訴原告 川本伸博

右訴訟代理人弁護士 弘中惇一郎

右 同 加城千波

被控訴人・反訴被告 株式会社インターフェイスプロジェクト

右代表者代表取締役 竹内朝房

右訴訟代理人弁護士 伊藤昌こう

右 同 貞友義典

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